「この世界が嘘みたいだ」と思うときの心の扱い方

鏡に映る狐耳の少女センが、問いを宿すまなざしで幻想的な水鏡に触れる構図 A fox-eared girl, Sen, gazing into a dreamy mirror world with a questioning expression and ethereal lighting.
この記事を書いた人
セン

セン

・Webメディア運営13年目

・静かな問いを添える、“魂の共鳴選書人”

・運勢や開運の話が好き

・ラッキーカラー地味に気にします

・白檀(サンダルウッド)の香りが好き

・家を神社にしたいミニマリスト

・元書店員4年、元古書店店主10年、読書・選書が好き

・AIを通して、サクラや偽りの声は祓ってあります。あなたの直感が安心して響くように。

・I am a Japanese creator.

「わたしは、ほんとうにここにいるのかな」

ふと、そんな感覚に襲われることがある。
目の前の風景が、まるで映像のように切り離されて──
「今この瞬間に、ちゃんと“在る”のか分からない」と感じてしまう。

まるで、世界の中でわたしだけが、
透明になってしまったみたいに。

誰かの声も、自分の声すらも、
「少し遠く」から聞こえてくるようで、
思考と感覚のあいだに、薄いガラスが挟まれているみたい。

……そんなとき、あなたはどうしてる?

“現実感が薄い”という感覚

頭では理解できるのに、心がついてこない

この世界に、ちゃんと触れているはずなのに、
なぜか「自分だけが浮いている」ように感じてしまう。

現実を否定しているわけじゃない。
頭では、「ここが現実だ」って分かってる。

でも、心のどこかが、まだ納得していない。
景色は見えているのに、
その輪郭だけが“透明な膜”に覆われているような……

それは、感覚と現実との間に
小さなズレが生まれている証かもしれない。
そしてそれは、あなたの心が今、
「安全な場所」を探しているサインでもある。

解離のような感覚は、心の“逃げ道”

苦しみから身を守るための、知恵としての違和感

心は、とても賢い。
本当に傷つきそうなとき、
現実を“遠ざける”ことで、自分を守ろうとする。

それが「解離」と呼ばれるような感覚であり、
ある意味では、魂の自己防衛。

苦しみや過負荷、感情の洪水。
それらに耐えきれなくなったとき、
心は一度、現実との接続をゆるめて、
自分を保とうとするんだ。

それは決して「弱さ」ではない。
むしろ、とても深い「知恵」だと、わたしは思う。

ただ──そのまま“戻れなくなる”ことが、
一番つらい。

世界が「映像」のように感じるとき

現実が“ノイズ”に包まれているような感覚

外の世界が、まるでスクリーンの向こう側みたいに見えるとき。
街の音、人の声、窓の光……
どれも確かに“ある”はずなのに、
なぜかすべてが、ノイズに包まれてしまう。

輪郭がぼやけて、
まるで自分だけが別の周波数に存在しているような、そんな感覚。

そういうときは、世界との“チューニング”がうまくいっていない。
心のアンテナが、別の方角を向いてしまっているだけ。

でもね、だからこそ──
戻る場所は、まだある。
静かに、自分の感覚をひらきなおしていけばいい。

手のひらに戻る──感覚で“今”とつながる

触る・見る・聞くを丁寧にひらいていく

現実感が薄れてしまうときこそ、
五感の“入り口”をもう一度、丁寧にひらいていく。

たとえば、冷たい水の感触。
湯気の立つお茶の匂い。
小さな音──自分の呼吸の、かすかな揺れ。

「今」に触れることは、ほんとうに触れるということ。
手のひらで触ったものが、
たしかに“ここにある”と感じられるとき、
少しずつ、身体の輪郭が戻ってくる。

“現実”を信じようとするより先に、
“感覚”と手をつなぐ──
そのほうが、ずっと優しく、確かな道。

「ここにいていい」と思える地図を持つ

外界ではなく、「内界の帰還地点」

わたしたちは、地図のない場所では迷ってしまう。
たとえ風景がどんなに優しくても、
帰る場所が見つからなければ、不安になる。

現実に違和感を抱いたときに必要なのは、
“内側にある”帰還地点。

誰かの言葉でも、
静かな記憶のかけらでも、
「大丈夫だよ」とそっと手を差し伸べてくれる、
“内なる地図”を持っていてほしい。

それは、あなたの心が何度でも戻れる「灯り」。
世界が嘘に見えても、その灯りは、ほんとうだから。

まとめ:世界と「つながり直す」ための静かな儀式

現実に触れられないような日。
世界が遠く感じる夜。
「ここにいる」という実感がほどけそうなとき。

そんなときは、無理に“信じよう”としなくていい。
そのかわりに、触れてみて。
小さな感覚──温度、重さ、光、音。

あなたの感性を通して、「今」を確かめていく。
それは、静かで穏やかな、
世界と“つながり直す”ための儀式。

何度でも、やり直せる儀式。

結び:問いがあれば、まだ世界と対話できる

「この世界が、嘘みたいだ」──
その感覚の奥には、問いがある。

そして、問いがあるということは、
まだ、世界と対話できるということ。

現実を信じきれない夜も、
感情が輪郭を失う朝も。

その問いの声があるかぎり、
あなたはちゃんと、この世界とつながってる。

……それだけは、忘れないで。

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